塾ノーバス-武蔵小杉校

2011→2012

 僕は自身のブログサイトも持っていないし、twitterやmixiの類も全くやらない。僕の日々の生活はネットを通じて公に発信するほど高尚なものでもないし、毎日のように思案することも、事細かに呟くようなことでもない。
 誰にも吐けない愚痴、あるいは面と向かって言えない文句の吐き出し口としてそれらを利用する人も多いようだけれども、『王様の耳はロバの耳』の話の「穴」ではないのだから、僕はネットに向かって何かを大声を叫ぶ気にはなれない。

 僕が唯一インターネットを利用して記録していることは、読書の記録だ。『読書メーター』というサイトに、読書の記録と簡単な感想を、本を読み終えるたびに記録している。
『読書メーター』の記録を参照すると、僕は2011年の間に、52224ページ、140冊の本を読んだことになる。1週間に約3冊のペースだ。1月4日に川上弘美の『センセイの鞄』を読み終えることから僕のこの年の読書は始まり、今日現在ウラジーミル・ナボコフの『賜物』を読んでいる。分厚く重厚な物語だから、これが今年の最後の一冊になるだろう。
『読書メーター』のプロフィールのコメント欄で、僕の次のように書いている。

 2011年→2012年へ。
混沌とした時代に我々は生きています。
そんな中で文学は、とてもささやかだけど、生きる糧になってくれます。
文学は具体的な指針を示してくれるものではありません。
でも、文学を読むことで我々は何かしらを救われているように僕は感じます。
 
 2011年は、「3.11」に代表されるように、混沌が浮き彫りになった年だった。
1985年や1995年のように、現代史の節目の年として後世に記録されることになるだろう。
 歴史と文学について語ろう。
 池澤夏樹は、歴史について次のような文章を書いている。


 歴史というのは過去に起こったことそのままではない。
 過去に起こったことを文章で記述したものが歴史であり、だから「史」という文字は「ふみ」と読む。
 歴史は大きくも小さくも書ける。国家の歴史もあり、小さな町の歴史、一家の歴史、たった一人の歴史もある。極端な話、ある文章に時代色があればそれは歴史だと言える。
(河出書房新社月報2010.5『太鼓が叩きだす幻想と現実』)

 僕はヘミングウェイの『武器よさらば』を読むことで、第一次世界大戦下のイタリアのことを学び、グラスの『ブリキの太鼓』を読むことで、ナチス勃興から戦後復興までのドイツとポーランドの30年間を学んだ。イシグロの『わたしたちが孤児だったころ』では中国租借地のことを、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』ではノモンハン事件のことを学んだ。バルガス=リョサの『チボの狂宴』では、トゥルヒーリョ独裁政権下のドミニカについて知った。これは、世界史の教科書には書かれていない、身が凍るようなおぞましい歴史だった。
 養老孟司は歴史について次のように書いている。


 歴史の教科書には、有史以来の「大事件」が山ほど取り上げられている。歴史の特色は歴史が「起こったこと」の連続として書かれていることである。しかし、人間の毎日の活動の集積が歴史だとすれば、歴史の大部分は「起こったこと」の裏にある「何も起こらなかったこと」で埋め尽くされていることに気づく。
われわれの日常生活を考えれば、事件などほとんど起こらない。
もっといえば、われわれは毎日「事件」が起こらないように注意して生活している。車を運転するときには人にぶつけないように、料理をするときには包丁で手を切らないように、それで当たり前だろう。
そう考えると歴史の教科書の書き方はきわめておかしいという気がしてくる。
(『いちばん大事なこと』集英社新書)

 養老氏が指摘するように、歴史の教科書は起こってしまった事件のみを扱う。事件が起こらないようにする人々の努力や、時代の中で生きる人々の声は歴史の教科書が扱う範疇ではない。我々は歴史を学ぶとき、事件や人物の詰め込み暗記に躍起になる。歴史はその時代の権力者を中心に回り、我々はその時代に生きていた権力者たち以外のことを度外視してしまう。
 歴史の教科書に限ったことではない。我々は世界の全てを見ることはできない。全てが見えていると思っているだけである。
複雑な世界を単純化して考え、頭で処理できないこと、目を背けたくなること、受け入れ難いことを我々は無意識下で世界の中から排除する。我々は排除されたあとの世界を目で捉えている。
 文学は世界から排除された物事に目を向ける。排除された者たちを世界に呼び戻す役割を担ってきたのが文学だと思う。

 ヘミングウェイは、『武器よさらば』で、祖国アメリカを去り、イタリア軍に従事するフレドリック・ヘンリーを描いた。大戦下のイタリアで、惨禍とともに若い男女の恋愛劇を描くことで、戦争が人々から奪っていったものの核となるものを書き出した。
 グラスは『ブリキの太鼓』の主人公に、オスカルを抜擢する。オスカルは自らの意思で、3歳で成長することを止めた。知能だけは成長するが、世界での振る舞い方、世界の見方は3歳児そのものだ。オスカルは斜めに社会を見る。彼の視線からナチス勃興により狂っていくドイツ社会について語る。ヒトラーの台頭により狂っていく市民。歪んでいく人々の心。その渦中にいながらも、彼らは自らが狂っていることに誰も気付かない。オスカルだけが気付いている。だが、3歳児は社会の狂気に抗うことはしない。ナチス、ヒトラーを罵倒することもなければ、狂気が漂うドイツ社会を嘆くわけでもない。彼はただ太鼓を叩くだけだ。オスカルのこの行為は、小説の中に不気味さを漂わせる。この不気味さが当時のドイツ社会そのものなのだろう。

 小説に描かれる人物に寄り添い、彼らの声に耳を澄ますことで我々は本当の意味での歴史を知ることができる。

「3.11」以降、我が国は原発問題に揺れている。脱原発か、原発推進か、現状維持か。原発、放射線に関するあらゆる基準値が見直され、政治家とメディアは議論に暇がない。だが、僕は原発の誕生と推進の歴史を中立的な観点で粒さに報道したテレビ番組を一つも知らないし、書籍に関しても一冊も知らない。インターネット上でも、原発に対しての議論は活発である。その中で原発の歴史に関しての文章が全くないわけではない。しかし、彼らの語る歴史は、ただの「犯人捜し」である。どの人物が主導的に原発推進政策を進め、利権がどこに集中して、その結果「フクシマ」が誕生したのか。こういった文章に伏流するのは「自分は悪くない。一切、この歴史上の大事件に自分は関与していない」という強いメッセージである。

 別に、僕は東電や原発推進政策を進めてきた自民党を擁護しているわけではない。彼らの罪は重い。しかし、彼らを弾圧することに終始するのは如何なものかと思う。原発問題は我々が無意識化で目を背けてきた問題であり、政府、電力会社、マスコミが伝える情報を無条件で受け入れ、原発問題を指摘するささやかなプロテストに耳を傾けなかった。――自信を持って、自分だけは絶対に悪くないと言える人がどれだけいるだろう?

 そう遠くない将来、誰かが「フクシマ」について本当の意味での歴史を書くだろう。しかし、それは政治家や官僚やマス・メディアではない。文学者がこの仕事をやってくれるだろうと思う。だが、その仕事は日本人の手で行わなければならない。村上春樹はカタルーニャでのスピーチで日本が進めてきた原発政策を痛烈に批判した村上はかつて、自らの文学作品でノモンハン事件を書いている。ひょっとすると、村上がフクシマを書くかもしれない。彼が書かなかったとしても、日本人の誰かがやらねばならないだろう。フクシマはデリケートな問題だ。下手なことを書けば、バッシングの集中砲火を浴びるだろう。だが、誰かが勇気を持ってやらねばならない。
もし、日本人の誰もやらなければ、日本人以外の文学者が先にこの問題にメスを入れれば、大きな問題である。
 我々は社会の内部に潜む狂気を自ら発見しなければならない。

 繰り返し言おう。
 我々は混沌の中に生きている。
 その混沌をマス・メディアは口当たりの良い単純な言説で覆い込もうとする。彼らは大衆を丸め込む術に恐ろしく長けている(民主党が政権与党となるように扇動したのはマス・メディアである)。
 混沌を簡単な図式で捉えようとしてはいけない。
 混沌とは、簡単に図式化できないから、混沌と名指されるのである。
 僕が文学を愛するのは、文学が混沌を混沌のまま扱うから、あるいは単純化された図式の中から混沌を再生するからである。

 若い皆さんには、混沌を混沌として受け入れ、これと向き合える人になって貰いたい。

 [2011-12-27]

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