僕の高校受験のことを話そうと思います。
高校受験をしたのは、もう随分と昔のことなのですが、苦痛だった記憶は不思議とありません。大学受験では浪人をして、そのとき、時間も量も高校受験のときの何倍もやったものですから、高校受験のときに感じた苦痛の記憶が希薄になっただけかもしれません。十月以降は平日四時間、休日八時間の勉強を自らのノルマに課していましたから、月並みな苦労はしていたと思います。
その成果もあり、(けして自慢するわけではないのですが)試験では、ほとんど毎回学年上位の点数をとっていましたし、周囲も僕の成績なら問題なく合格できるだろうと思っていました。
当時感じていた苦悩を述べるとすれば、志望校に問題なく受かるだろうという周囲の期待を背いてはいけないと感じてしまい、プレッシャーを感じてしまったことでしょうか。
ポール・オースターというユダヤ系アメリカ人の小説家をご存知でしょうか? 彼は僕の好きな小説家のうちの一人なのですが、彼は『City of Glass(邦題、ガラスの街)』で次のように書いています(翻訳が手元にないので、ペーパーバックの英文をそのまま引用し、翻訳は僕が行います)。
New York was an inexhaustible space, a labyrinth of endless step, and no matter how he walked, no matter how well he came to know its neighborhoods and streets, it always left him with feeling of being lost. Lost, not only in the city, but within himself as well.
ニューヨークは尽きることのない空間、無限の歩みから成る一つの迷宮だった。どれだけ歩みを進めても、どれだけ街並みや通りがわかるようになっても、彼(=主人公、ダニエル・クィン)は、そこに自分を置き忘れて迷子になったように感じた。迷宮は街の中だけではなく、彼自身の中にもあった。
まさに、僕の受験勉強はこのような感じでした。毎日のように机に向かう。どれだけ時間を費やしても、どれだけ知識を身につけて問題を解いても、自分がどこかに向かっているという感じがしませんでした。出口のない迷宮、そこから抜け出せるかどうかは、合格発表のその日までわかりません。
想像するのは難しいかもしれませんが、実力試験で学年一位をとっても、模擬試験でA判定もとっても、僕の不安が解消されることはありませんでした。ですから、僕は自分の高校受験について語るとき、苦痛ではなく、苦悩という言葉を使います。
合格発表の日のことは今でもよく覚えています。受験番号240番がはっきりと掲示されていたのを確認したときは本当に安心しました。久しぶりに、無意識に笑顔になれた日でした。
はせがわ
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